あまり昔まで溯っても大変ですので、 1975年に輸入されたノーザンテーストについて。 日本におけるノーザンダンサー系の繁栄はこの馬なくしては語れない。 競走馬としては超一流とは言えなかったが、 すでに1歳時に故社台ファームの吉田善哉氏によって見出され購入されている。 素晴らしい先見の明だったとしか言いようがない。 引退後日本に来て種牡馬生活を送ったノーザンテーストは、 初年度産駒からG1馬アンバーシャダイを輩出し、 その後もG1馬を数多く出してトニービン、ブライアンズタイム、サンデーサイレンスの 3大種牡馬が出現するまで10年以上にわたって賞金ランキングトップを維持し続けた。 そして、その仔たちもまた種牡馬として成功し、 ノーザンテースト系と言われるような一大勢力を築きあげた 。 その当時の競馬を知る人に聞けば、 永遠にノーザンテースト・ノーザンダンサー系の天下は続くと思われたという。 しかし、競馬の場合あまりに一つの血が繁栄しすぎると、 他の血によって浄化されるという掟がある。 つまり、人間でもそうだが近親交配はタブーとされているので、 優秀なノーザンテーストの仔の牝馬にノーザンテーストやその仔の種牡馬を 交配することはできない。 同じ種牡馬が父と母の血統表の3世代前以降に出現するのをインブリードと言い、 スピードやスタミナなどが強化されるというが、それ以上の近親交配はリスクを伴う。 よってノーザンダンサー系であふれかえった牝馬に種付けするために、 バブル時期のJAPANマネーによって他の系統の種牡馬が, 買いあさるように輸入され始めたのである。 最初のうちは失敗もあったが、 先に輸入されたリアルシャダイがノーザンテーストに迫る活躍を見せ、 前に言ったトニービンから始まる3大種牡馬が輸入されると、 またたく間にノーザンテーストをリーディングの位置から引きずり降ろし、 真打のサンデーサイレンスが登場すると、リアルシャダイ・ブライアンズタイム・ サンデーサイレンスなどのターントゥ系は、その他にもシルヴァーホーク=グラスワンダー、 デヴィルズバック=タイキシャトル、クリスエス=シンボリクリスエスなどを出現させ、 日本の競馬の主流になった。 サンデーサイレンスは米国の至宝と言われ、 イージーゴアと並び称される偉大な競争馬であったが、 なぜ日本への輸入が許されたかと言えば、サンデーの母は競走馬としては成績を残してはいたが、 その母方は、母の父を含め平凡な血統構成であったことが挙げられる。 米国でも競走馬としては、サンデーがイージーゴアを上回ったが、 種牡馬としては立場が逆転すると思っていた。 16億円というトレードマネーも、お買い得だったと言わざるを得ないだろう。 もちろん日本でもエセ評論家は、 母方の血統のことをあげつらい高いトレードマネーを払って 無駄な買い物をしたという論調が多かった。 ところが初年度の交配馬からフジキセキ、ジェニュイン、タヤスツヨシ、ダンスパートナー というG1馬を次々と送り出し、その評価は1年にして変わることとなる。 そしてわずか10年あまりの間に毎年のようにG1馬を送りだし、 その仔たちが種牡馬になり、すでにサンデーサイレンス系と言えるぐらいの勢力を持つに至った。 サンデーサイレンスは2002年に死亡したが、 その仔たちの種牡馬としての人気は異常である。 もちろん、その仔たちはG1馬を多く輩出し活躍しているが、 優秀な牝馬に毎年100頭以上種付けしていれば、 確率的にG1を取る馬が出るのはむしろ自然で、 現実にサンデーの仔の種牡馬はいまだに自分以上の能力を持つ馬を輩出はしていないという現実が、 ノーザンダンサー系にも訪れたトップからの離脱が あと10年後には確実に訪れることを予感させる。 それでも、ノーザンテーストが母の父として活躍し、 ノーザンダンサー系の種牡馬オペラハウスやキングヘイロー、ホワイトマズルなどが, ここ数年毎年のようにG1馬を輩出し復権してきたように、 日本の競馬への和合性などを考えるとサンデーサイレンス系も 日本に寝づいて長く活躍していくことは間違いないでしょう。